LOGINけして結ばれてはいけない相手だと、心のなかでは理解していたはずなのに、自由の声を聞いただけで、小手毬の身体は歓喜にうち震えていた。
しゅるりと巻き付けられていた包帯をほどかれ、目隠しをはずされた小手毬は半年ぶりに逢った彼を前に、羞恥で頬を染める。 瀬尾はベッドの片隅で気絶していた。自由の手には注射針。きょとんとする小手毬に「安心して、悪い奴はやっつけた」と自由は笑う。 悪い奴? 小手毬は混乱しながらも、彼の姿を凝視する。――ジユウおにいちゃんなのに、まるで別人みたい。ここにいるのは、誰?
全裸になった小手毬をベッドの上に転がして、自由は彼女に傷がついていないか確認していく。彼の手が小手毬の身体のパーツにふれる都度、彼女は戸惑いの声をあげる。
「そうか、薬で辛いんだな。あとは俺が散らしてやる」
「で、でも」 「あんな光景見せられたら、我慢できない」まさか、自由は瀬尾による医療行為を見ていたのだろうか。病室の扉には申し訳程度の窓がつい
けして結ばれてはいけない相手だと、心のなかでは理解していたはずなのに、自由の声を聞いただけで、小手毬の身体は歓喜にうち震えていた。 しゅるりと巻き付けられていた包帯をほどかれ、目隠しをはずされた小手毬は半年ぶりに逢った彼を前に、羞恥で頬を染める。 瀬尾はベッドの片隅で気絶していた。自由の手には注射針。きょとんとする小手毬に「安心して、悪い奴はやっつけた」と自由は笑う。 悪い奴? 小手毬は混乱しながらも、彼の姿を凝視する。 ――ジユウおにいちゃんなのに、まるで別人みたい。ここにいるのは、誰? 全裸になった小手毬をベッドの上に転がして、自由は彼女に傷がついていないか確認していく。彼の手が小手毬の身体のパーツにふれる都度、彼女は戸惑いの声をあげる。「そうか、薬で辛いんだな。あとは俺が散らしてやる」 「で、でも」 「あんな光景見せられたら、我慢できない」 まさか、自由は瀬尾による医療行為を見ていたのだろうか。病室の扉には申し訳程度の窓がついているから、覗こうと思えば覗けるだろうが、病棟にひとがいないことに慣れていた小手毬は気にしたこともなかった。見られていたという事実に、ふたたび身体が熱くなる。「だめ、ジユウ、おにいちゃ」 「小手毬。いいね」 なおも拒もうとする小手毬を無視して、自由は彼女の唇を容易く奪う。この病院へ転院してから唇を許したのは陸奥だけ。その陸奥も、小手毬が駄々をこねるまではけしてふれようとしなかった。自由は小手毬の意志を無視して唇を押し付け、ぬるりとした舌先を口腔へ滑らせていく。「ふぁっ……」 「すきだ。小手毬」 舌を絡めるような接吻なんて初めてで、小手毬は自由に翻弄されつづける。身体に炎を点すかのように、自由の口づけは小手毬を熱くする。「あぁっ」 「――もう、ほかの男にはさわらせない」 そのまま自由の手が、小手毬の敏感な場所を愛撫していく。信じられない。だいすきなジユウおにいちゃんにふれられている。彼の手が、指先が小手毬を快楽へ溺れさせる。何度も訪れる浮遊感に、小手毬は夢中になる
真っ白な病室で、今日も小手毬は目隠しをされた状態で医療行為を受けている。 小手毬の両手両足には包帯が巻かれていた。瀬尾によってパジャマのまま始められた医療行為はふだんよりも執拗で、まるで蛇に捕らえられたかのような気分に陥っている。たぶん、小手毬に月のものが訪れたあとの、最初の処置だからだろう。 彼は基本的に無口だ。ただ女神を崇めながら服を脱がせ、その“器”となりうる小手毬の身体を隅から隅までふれ、執拗に撫で、舐め回す。 事前に処方された薬のせいで、小手毬の身体は拒めない状態まで追い詰められている。手足を拘束され、恥ずかしい体勢に固定され、捧げ物のように胸や局部を露にされ、そこを瀬尾の手や口が責め立てていくのだ。 ハア、ハァという艶っぽいため息だけが、病室に響く。 雨龍は薬を飲ませた小手毬にふれることなく、彼女が気をやるよう自慰の仕方を教えた。彼女は「ジユウおにいちゃん」とぽつりと名を呼びながら達していた。 陸奥は小手毬にねだられた通りにふれるだけで、それ以上のことは行わない。いくら医療行為だと小手毬が説明しても、それは違うと首を振ってばかり。どうしてそこまで慎重なのか、小手毬はわからないままだった。 瀬尾だけが、小手毬を“器”として、子作りをさせるための性技と称した処置を繰り返す。はだかにされた身体を包帯で縛られるだけで、薬に酔わされた小手毬はうっとりとした吐息をこぼしてしまう。 “女神”は淫らであれ。 “器”として主人の精を大量に注がれよ。 “諸神様”は男女がまぐあうことで顕現したれり。 淡々と告げられる“諸神信仰”の経典が脳裡に響く。 瀬尾の舌が、包帯越しの胸元にふれる。ちろ、ちろ、ちろり。「ふっ……あぁっ」 包帯によって身動きを封じられた小手毬はベッドのうえで絶頂する。 この病院に転院してから何度も施され、胸への刺激だけで強く感じるようになってしまった小手毬は、瀬尾の手で淫らに啼かされる。 この甘い責め苦は序の口だと、神を降ろすにはさらなる高みに至らなければならないと、瀬尾は小手毬が達した後も責める手を止めず、下
話は天が訪れる一週間前まで遡る。 医療行為と称した調教を受けていた小手毬に、月経が再開したのだ。 このことを知らされ、瀬尾をはじめとした茜里病院の人間は彼女が“器”としての役割を担えると判断、一ヶ月後に茜里第二病院からの退院が決定した。 転院を決められたときも突然だったが、退院もずいぶん早く決まったのだなと小手毬は驚いている。 一緒に付き添ってきた陸奥と加藤木も小手毬が退院することで元の勤務先へ戻ることが決まったが、退院日までは陸奥も小手毬がいる第二病院の病棟で過ごすことを許可された。すでに身体的な痛みはほとんどないという小手毬に麻酔を与える必要もなかったが、加藤木とともに話し相手に甘んじている。 月のものが再開したことで、小手毬の医療行為も一時的にストップした。だが、退院前までには身体を慣らす必要があるからと、彼女はふたたび病室で瀬尾ひとりによる処置を受けることが通達された。雨龍と陸奥はお役御免らしい。狸と呼ばれる茜里病院の院長が何か感づいたようだと雨龍がこぼしていたので、きっとそうなのだろう。「退院後は亜桜家に戻ることになるのか」 「赤根一族がそう簡単に手放すとは思いませんけどねぇ。いまのところ諸見里本家は彼女に興味を抱いていないとはいえ、“器”になる準備が整った彼女のことを知ったら動き出すかもしれません。その前にジユウくんに略奪させればいいだけのことです」 「加藤木、お前……」 「ミチノク先生は彼に託すまで守ってくれれば充分です。これは、わたしのエゴでしかありませんから」 シワひとつない白衣を着た加藤木は陸奥に確認をした。旧来からこの土地で密かに継承されている“諸神信仰”の歪な輪廻から、次の“器”に選ばれた亜桜小手毬を逃すため。愛するひとのために自死を選ぶことすら厭わなかった彼女を生かした医師たちにできることは、彼女が真の意味で幸せを掴めるよう、掬い上げることだ、と。 禁忌とされる運命に抗うことは不可能のように思えるが、加藤木は視野を拡げればまったく問題ないとあっけらかんと言葉を紡ぐ。すでに“諸神信仰”を盲信していた指導者、桜庭雪之丞は死に、後継の椅子は空のままだ。蘭子は亜桜家との関係
「救われないふたりを見守るだけの簡単なお仕事」 半月前に亜桜雛菊と逢ったという楢篠天はそう言って、わざわざ加藤木に伝えてきた。なぜか、茜里第二病院の裏手にある薬草園の門前で。「コデマリがジユウとの間に子どもを作ったら、私が堕胎することになっていたの」 「え?」 「そうならないように、ふたりをはなればなれにさせたかった。コデマリはジユウが兄であることを知って嘆き悲しんで車に飛び込んだ」 まるで見てきたことのように口にする天は、残念そうに微笑む。「だけどジユウは、彼女を救うために自分が進もうとしていた道をねじ曲げてしまった」 あの交通事故後の彼の奮闘ぶりを見ていた天は、計り知れない彼の狂気に怖気づいた。彼女のためなら生命すら削る、己の信念すら曲げかねない彼のどこまでも一途な姿を、はやく崩さないといけないと思っていた。けれど天はギリギリまで我慢した。 ふたりが許されざる関係だということを伝えたのは、彼女が転院してから。「絶望するかと思ったけど、逆に闘志を燃やしちゃったみたい」 何を言っているのか理解できない。加藤木は門の扉を開けて彼女に問う。「鍵、持っていないんですか」 「渡しちゃった」 泣き笑いの表情で、弱りきった天が告げる。このひともまた、幼い頃から“諸神信仰”に人生をぐちゃぐちゃにされたひとり。 加藤木は「仕方ないですね」と天の手をぎゅっと握る。とつぜん手を握られた天は怯えた表情を浮かべている。「ナラシノ先生は亜桜雛菊が怖いのね」 「加藤木先生には、わからないわ」 「わかりたくもないわぁ」 加藤木に逢いに来た天は、小手毬の身に危険が迫っているとわざわざ伝えてきたのだ。亜桜雛菊のもとで諸見里自由が匿われており、彼は彼女の奪還を狙っていると。律儀だなと、加藤木は苦笑する。「わたしは亜桜雛菊が何者か知らないもの。けれど、ジユウくんが彼女の支持を得てことを起こしたというのなら、こっちも考えていたことがあるの」 「何を考えているの?」 「ナラシノ先生は救われない
地域医療センターで初めて見た亜桜小手毬は、十八歳には見えないほど幼く、庇護欲をそそる少女だった。 二年近い昏睡状態から目覚めた彼女のリハビリは長期間に及び、加藤木をはじめとした整形外科医、リハビリテーション医、PT(理学療法士)などがつきっきりになって指導した。その結果、杖があれば車椅子から降りて歩くこともできるようになった。 転院が決まってからはしばらく車椅子での移動がメインだったが、いまはなるべく自立歩行したいという本人の希望もあって、加藤木が傍にいるときは杖も持たせず手すりと自分の腕を止まり木にさせている。「コデマリちゃんは、ここから逃げ出したいと思ったことはないのかしら」 「この状況でですか? 逃げたところで逃げる場所もないのに?」 瀬尾や陸奥の施す医療行為について小手毬は当然のように受け入れている。転院前のような自傷行為を行うこともなく、素直に身を委ねているところを見ると、間違っているとはいえ彼女の安寧を脅かそうとしている自分の方が悪者のように思えてしまう。「それに、あたしが逃げたところで、別の“器”が神降ろしをすることになる」 「そうかしら」 「ユキノジョーは、“諸神様”の加護をめいいっぱいもらったけど、“器”となった“女神”が偉大だったからだ、って」 亜桜家の養女として、幼い頃から“器”となることを定められていた小手毬は、見たことのない母親に想いを馳せる。 彼女は母親が雪之丞と近親相姦によって産まれたことを知らない。けれど、諸見里自由が自分の異父兄であることは理解している。 小手毬が交通事故に遭う前日に、楢篠天が真実を電話で伝えたのだという。自由と小手毬の仲を引き裂くため。「禁忌を犯すことは許されないって、アカネ……ナラシノ、が言ってた。彼女はジユウお兄ちゃんがおかしくなるのはあたしのせいだって、ユキノジョーが死んだのならとっとと“器”になって次代の“神”を産み落とした方が楽になれる、って」 「ナラシノ先生はあっちがわの人間だからね」 転院初日に院長室で天と対峙した加藤木は彼女の窶れ具合に驚いたものだ。本人は何食わぬ顔をしているが、“女
「――血は争えない、ってか」 「そうねえ、亜桜雛菊と桜庭雪之丞も異父姉弟だったみたいだし」 「どこで知った?」 「瀬尾先生が誇らしげに教えてくださったわ。あの宗教家先生は近親婚を賛美してらっしゃるみたいね」 「あの男の妄言に耳を傾けるな。痛い目に合っても知らんぞ」 瀬尾は赤根一族の四季を統べる“春“の傍系にあたる。“諸神信仰”にも篤く、“女神”を赤根一族の栄華のために留め続ける使命を胸に法律すれすれのことを担っている。次の“器”となる小手毬を処女のまま快楽漬けにしようと画策している不気味な男だ。 だが、小手毬は彼にされるがままになってはいるが、心は別の場所にあるように感じられる。現に――……「亜桜小手毬は諸見里自由を求めている。瀬尾や陸奥による医療行為を受け入れてはいるが、彼女がふたりを選ぶことはないだろう」 「医療行為、ね。だから手を出さないの」 「彼女は“器”ではない」 「まだ、でしょう?」 「お前はどう考えている? 彼女は望んでその身をまだ見ぬ男へ捧げようと健気に生きているが、それは彼女の心を殺すことにならないか」 「そりゃあねえ。コデマリちゃんの抱える闇の深さを覗いちゃったら、助けてあげたいとは思うけど、外部の人間が簡単にどうこうできるものでもないでしょう?」 「今ならまだ間に合う。陸奥先生にも協力を仰げないか」 「ミチノク先生に?」 「“器”になる前の彼女を殺してしまえばいい。そうすれば得体のしれない加護を欲しがる奴らから彼女を守れるし、俺たちも“女神”を巡るバカバカしい騒ぎから強制退場することが可能だ」 「殺す……あ」 さらりと提案された物騒な言葉に、加藤木はいっとき硬直するが、意図を汲んだのか、くすりと笑う。「そうね。それこそ彼女が望んだこと……か。だけど、ウリュウ先生はそれでいいのかしら」 「俺は生まれつきこの土地にいるが、幼い頃から“諸神信仰”って奴が苦手でね。天のように素直に信じられねぇんだよ。神仏に祈る気持ちもわからなくもないが、それで人間を傷つけるようなら本末転倒じゃないか?」 「同志!」 「はぁ?」 「この閉鎖された不気味な空間にいるにも関わらず、正常な思考を保っていらっしゃるあなたの本心が聞けて安心しました。わたしはコデマリちゃんが幸せになってくれればそれでいいんです」 「いや、俺はただ桜
身体を傾けた小手毬を守るように、陸奥が動いていた。 「――危ねえな」 「ミチノク……」 「無理するな、って言ってるのにこれかよ」 「……近い、よ」 「その前に言う言葉があるだろ」 無様に床に倒れ込むと思っていたのに、素早く前に現れた陸奥が小手毬の身体を抱きとめて毒づいている。 白衣を着た彼に抱きしめられた小手毬は心臓が暴れているのに気がつかないふりをする。 「……ごめんなさい」 「違う」「え」
* * * 高次脳機能障害、というのだそうだ。 小手毬は早咲の説明を耳元に留めつつも、ふわぁあと大きなあくびを零してしまう。「脳内にある血管に障害が起きたり、頭部に外傷を負った際の脳損傷が起因? しているんだっけ」 「そうだよ。あなたの場合、事故で頭を強くぶつけたことが原因になる」 「うん」 「ときにそれは神経・知的機能障害と呼ばれることもあるし、ひとによっては記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害なんてものがついてくることもある」
* * * 「ふぅん。それで、キミはどう思ったんだい?」 「どうにもこうにも。オレはあくまで看護師であって、医者ではないからなんとも」 「医者である私がいいと言ってるんだ。言いなさい」 「天は強引だなぁ」 病院内の食堂で、ピンクの白衣を着た女医と、看護師の男性が並んでいる。ふたりの名札には「楢篠」の文字。彼らが夫婦であることは周知の事実だ。 今日の定食のおかずであるブリの照り焼きに箸をつけながら、楢篠天ははぁと溜め息をつく。 病院というのは意外と出会いの少ない職場
* * * 珍しくその日は朝から雪が降っていた。 窓の向こうでちらちらと舞う粉雪を横目に、陸奥はしんと静まりかえった病室に足を踏み込む。 毎日のように病室に訪れていた騎士のような青年も、抱えきれないほどの花を持ってきていたオソザキと呼ばれる女性も、今はいない。 適度な室温に保たれて入るが、その部屋の主は酸素吸入器をつけたまま眠っている。 窓際の飾り棚には、オソザキが持ってきたのだろう、水仙の鉢植えが並べられている。白い清楚な花が、ほのかに香る。薫香が、周囲にまとわりつくように陸奥へ届く。 常に花に囲まれた個室。ひとり眠りつづける少女。どこか現実離れした雪景色。